書かないのと書けないの違い

昨日は年賀状の見本を作成していました。ないよりはあった方がいいレベルで(笑)

1年は早い…

しかしコロナ禍で年賀状が増える傾向があるそうで。年賀状の役割も安否確認??いろいろ役割が変わっております。来年の干支は。僕は年男ですね♪

おはようございます。なんかYahooのトップ記事の下段のまとめみたいな欄が眞子さんの会見ニュースばかりで怖かったですね(笑)それほど興味があるようには思えないのですが…コロナも収束傾向でネタ不足でしょうか?今日も読んでいただきありがとうございます。

年賀状は手書きが良い理論

そもそもなぜか年賀状、いや年賀状に限らず「手書きの良さ」みたいな風習ないですか?(笑)もちろん良さはあると思いますが、今時LINEとかメッセージ系、デジタルと言われるものだって「伝える」という目的では手書きより伝わる場合があると思ってます。

もし年始のあいさつ、という目的ならたぶん年賀状より直接メッセージした方が文字数に限りがないし伝わるとも思ってます(笑)

まぁそもそも年賀状ってまぁ郵便局との絡みも考えられますから(笑)文化としてどうかと考えた方がいいかもしれませんね。

書くという練習

僕の世代はおそらく子供の頃は年賀状が手書きでした。まぁいも版とか(笑)そういったものは置いといて、宛名も手書きでしたね。まぁ宛名は親が代筆したりすることもあると思いますが、言ってみれば良い練習台=年賀状とも言えます。

はがきというスペースに自分の想いを書いてしっかりまとめる、まっすぐ書く、歪まないように、下の部分が余らないように、当然文字は間違えないように、基本年賀状って1枚失敗するとはがきが損するわけで、そんな緊張感って子供の頃においては良い機会だと思います。

僕の息子らは年賀状手書きで書いてた…かな??ちょっと思い出せませんが、そういうちょっとしたはがきとか今の子供はもしかしたら書けないかもしれませんね。

人の文字

僕らの時代はたとえば「これは誰が書いた字」ってある程度わかりました。そういった文字にふれる機会が多かったのかもしれません。当然デジタルはゼロでしたから連絡手法がちょっとしたメモとか手書きツールがあったわけですね。

黒板にチョークで書く文字、先生によってがあったと思いますが、これは誰々先生の授業だな、とわかったものです。今は黒板もデジタル化し、いわゆるデジタルフォントで授業が進めば、そんな先生の書く文字ってどの先生がわからないかもしれませんね。宿題だってタブレットでデジタルになれば子供の文字も誰が誰かもっとわからないかも…

たとえば名は体を表すとかいいます。文字もそうかもしれませんが、僕めっちゃ文字汚いので(笑)人のことは言えませんが、すっごくかわいい女の子がめっちゃ文字汚かったらなんかショックですね(偏見やろ笑)たとえばそれほど気になっていない女の子でもめっちゃ文字きれいだったら好きになるかもしれません(笑)

なんか学生の時にノートの端にちょこっと書いてもらった女の子の字って保存版にしたいこともありました(笑)それが手書きの大事さとリンクするかわかりませんが、年賀状はもしかしたら字がキレイな人は良い機会かもしれませんね♪

たぶん今からでも練習したら綺麗な文字書けるんだろうな…寅年の来年の目標にしよう(笑)

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。